尊厳に寄り添う治療・ケアとは何か?【看取りの報告書・BXさまのこと】
かわべクリニックでは、患者さまが最期の時間を過ごされたご様子を「看取りの報告書」としてまとめています。これまでお見送りをした患者さまの「看取りの報告書」を、担当看護師の思い出とともにご紹介したいと思います。
いつもお世話になっております。
このたびは、BXさまについてご報告申し上げます。
腰背部の痛みを訴えて救急搬送されたBX様は、貴院にて膀胱癌による疼痛と診断されました。しかし、主治医との関係が難航し、受診が叶わない状況が続いておりました。
BXさまは積極的な治療を控え、自宅で最期を迎えたいとのご希望をお持ちであり、奥様より訪問診療のご依頼をいただきました。
訪問診療開始後、貧血による呼吸困難には在宅酸素療法を、疼痛にはナルサス(鎮痛剤)を投与し、倦怠感にはステロイド治療を行いました。約1週間で症状が緩和され、1か月ほどは呼吸困難や痛みも軽減し、ADL(日常生活の動作)も改善。穏やかな日々を過ごされておりました。
しかし、1カ月ほどで再び倦怠感や呼吸困難が出現し、苦しみが原因で奥様や訪問看護師に対して時折乱暴な言葉や態度を見せることもありました。その中で、ステロイドの減量、ナルサスの増量、環境調整などを行い、ご本人にも丁寧に治療意図を説明しましたが「布団の一番落ち着く場所で過ごしたい」というお気持ちは変わりませんでした。
半月ほど経過した頃、奥様より「動けなくなった」との連絡を受け、ポータブルトイレと介護用ベッドを即座に手配しました。そのわずか1時間後、奥様の肩に寄りかかりながら静かに息を引き取られました。
奥様から「今日は幼少期に亡くなった息子の命日で、午前中に看護師が息子の写真に向かって『お父さんを迎えに来ないでね』と話しかけていたのですが、現実になるとは思いませんでした。でも息子がいるので安心です」とのお言葉が印象的でした。
ご本人がご家族と最期まで安心できる環境を整えられたことに感謝し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
医療現場でよく耳にする「尊厳」という言葉。定義が広く、患者さん一人ひとりの尊厳に寄り添ったケアを提供することは簡単ではありません。しかし、医療に携わる私たちが最も大切にすべきことです。今回は、尊厳に寄り添うケアについて、2つの視点から考えてみたいと思います。
患者さんが「病院には行きたくない!」と口にすることがあります。その言葉の背景には、さまざまな想いや理由が隠されています。医療者としては、少しでも患者さんの苦しみを和らげたい、命を救いたいという気持ちが強くなるものです。しかし、どんなに苦しくても病院に行きたくないと考える方もいます。
人間は考える生き物であり「嫌だ」と感じることには、いつも必ず理由があります。その思いを丁寧に聴き、理解者となり、寄り添う姿勢が求められます。たとえ医療者自身が「病院に行けば安心できるのに」「治療すれば治るのに」と思っていても、その価値観を患者さんに押し付けることはできません。
しかし、患者さんの意思を尊重することは、何もせず放置することではありません。患者さんの想いを受け止めた上で、本当にその選択が最善なのか、他の選択肢はないのか、一緒に考えていくことが大切です。
一方で、病院の医療者の立場として「病院が嫌ならなぜ来たのか?」と疑問に思うこともあるでしょう。痛みの原因がわからないことへの不安や、治療が難しいと知った時の絶望感など、患者さんの感情は一人ひとり異なります。急性期病院の役割は、今の痛みを和らげるだけでなく、その先のケアへとつなぐことでもあります。
患者さんには譲れない思いや、どうしても他者に委ねられないことがあります。
「ベッドは嫌だ」
「ポータブルトイレは使いたくない」
「自分の足で歩きたい」
こうした感情が、患者さんと支援者の間でトラブルになりがちなポイントです。
支援者を主語にしたケアでは、思い通りにいかないことが多いものです。しかし、患者さんを主語にしたケアはどうでしょうか? 患者さん自身が困っていない、もしくは委ねたくないと感じていることに対して、私たちはその理由や背景を考え、理解し、互いに譲り合い、支え合う姿勢が求められます。
これからも患者さんの思いを尊重し、温かく寄り添う医療を提供することの重要性を、改めて心に刻みたいと思います。
患者さんとご家族は、お互いに相手のことを思っているのだと、私はいつも感じています。
そんな関係だからこそ、「これからどうしたらいいのか」と悩んでいるときに、患者さんが旅立たれることもあります。それは自然な現象かもしれませんが、患者さんが支援者に残してくれた心のプレゼントのように思えます。「もうこれ以上迷惑をかけないように」という想いなのか、「今までありがとう」という感謝なのかもしれません。
そのように捉えることで、支援者の心の負担が少しでも軽くなるのではないでしょうか。
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