俺が倒れるわけにはいかないんや!【看取りの報告書・BDさまのこと】
かわべクリニックでは、患者さまが最期の時間を過ごされたご様子を「看取りの報告書」としてまとめています。
これまでお見送りをした患者さまの「看取りの報告書」を、担当看護師の思い出と共にご紹介していきたいと思います。
いつもお世話になっております。
ご紹介いただきましたBDさまについてご報告いたします。
もともと、奥さまが進行性核上性麻痺で在宅訪問診療を行っていたご縁もあり、亡くなる2年前からのお付き合いでした。献身的に奥さまの介護をされていたBDさまが、急性骨髄性白血病と診断され、貴院での外来治療と当クリニックの訪問診療の併診が始まりました。BDさまご自身が療養されるため、最愛の奥さまに療養型病院へ入院してもらうという決断をされ、その間、娘さまはお父さま、お母さま両方の病院を行き来する毎日でした。
『このお正月が家族全員で迎える最期の正月になる』と悟られたBDさまは、娘さまと相談のうえ、ご家族の休養を目的とした短期入院(レスパイト入院)されていた奥さまを退院させる決断をされます。ご自身の体調が優れない中、奥さまと一緒に過ごされ、4月に先に奥さまが他界されました。「いま俺が倒れるわけにはいかないんや! 残される娘に迷惑はかけられない」という気持ちで、BDさまは葬儀やお墓のことなど、精力的に終活に取り組んでおられました。
7月、呼吸困難がひどくなり、プレペノン持続皮下注射を開始し、予後が厳しいことを娘さまにお伝えしました。娘さまは介護休暇を取得され、BDさまが最期まで自宅で過ごすことを希望されていました。これまで、こだわりの強いBDさまと、それを正そうとする娘さまのやり取りを見てきましたが、最期の2週間はすべてを娘さまに委ねられ「ここで過ごせるのも娘のおかげやわ。ありがとうね」と言葉で伝えておられました。
娘さまも「父はせん妄(意識障害の一種で時間や場所が分からなくなること)になっているので、私を看護師さんと思ってもらえるように接しています。」と看護師のような動きでケアをしてくださいました。7月某日、午前3時45分が最期の診察となり、娘さま、息子さまに見守られ安らかに永眠されました。
関わる期間が長かったこともあり、私たちの寂しさも大きいですが感謝の気持ちでいっぱいです。今後ともよろしくお願いいたします。
家族の話し合いのポイント(クリックするとPDFで閲覧できます)
BDさまとの関わる中で、何度も繰り返し、人生会議を行いました。最初は進行性核上性麻痺であった奥さまについての人生会議でした。難病の奥さまをケアするBDさまは、妻には一日でも長く生きていて欲しい。でも、苦しませるようなことはしたくない。
「気管切開や人工呼吸器は望まないけれど、胃瘻増設はお願いしたい」など、幾度となく私たち医療・ケアチームと話し合いを重ねました。
病院との連携サポート制度を利用し、病院主治医(神経内科)が年に2度、在宅医とともに訪問診療を行ってくださったことで、ご自宅が安心できる場所となり、今後の意思決定支援のサポートとなったことは言うまでもありません。
そのころは「妻や娘のためにも、俺が倒れるわけにはいかないんや!」という責任感がBDさまを支えていたのではないかと推察します。
しかし1年半ほど経過した頃、BDさまからふらつき症状の相談を受け、診療を行うと著明な貧血を認めるまさかの事態。結果、急性白血病の診断。歳も歳だから長生きは望まない、でも妻を残して先には逝けない。同居されていた娘さまも母だけでなく、父も失うのは辛いのは当然です。だから、お父さまが治療に専念してもらうためにも、お母さまは療養型病院に入院することが良いと判断されました。その日から父の治療への付き添い、そして仕事終わりに病院へ顔を見に行く生活が始まりました。
治療による倦怠感や貧血によるふらつきといった副作用に苦しむBDさまは、輸血などの対症療法を行っても、体感として改善に乏しいことに苦悩されていました。
「何をどこまでするのが良いのか?」と苦しむたびに、私たちと気持ちを共有しあいました。
一家の父として「俺の人生だから自分で決める」と強い気持ちの時もあれば、「先生、どうすればよい?先生ならどうする?」と弱音を吐く日もありました。そして「娘には迷惑をかけるが、最期は妻と娘と長年過ごしてきたこの家で、娘と過ごしたい」という希望を吐露されました。
揺れ動く気持ちを医療・ケアチームが受け止めることで、その時々にできるBDさまが望む最善のケアができたと考えます。
厚生労働省は、もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組み「人生会議:アドバンス・ケア・プランニング」の国民に対する普及・啓発を行っています。
実際、医療や福祉の現場では、さまざまな場で広く周知されるようになったと感じることもあります。
しかし先日、高齢者を対象として市民向け講座で「人生会議、ACPについて」お話しする機会を頂きました。そこで、参加者の皆さんに『「人生会議・ACP」という言葉を耳にしたことがある、知っていますか』と質問すると、手を挙げた人はまさかのゼロ。
たしかに医療者・ケアチームからの声として「ACPの支援は難しい」「ACPってよくわからない」「誰がするものなの?」といった声も依然として少なくありません。
こうした医療者からの声を聴いても「縁起でもない話を、縁起でもないとき(つまり普段の日常生活)に話せる関係性をいかに築くことができるか」が問われていると、常々感じています。
まずは
・自分がどうありたいか。
・家族が何を望んでいるかを考える。
・それを言葉にして伝える。
こうして思いは、ようやく実現できるものへと変わります。
緩和ケアの専門家である高橋綾先生は、「相手の価値観を理解し尊重することは、対話というかかわり合いのプロセスのなかでしか起こらない」と述べられています1)。患者さまの思いや価値観に気づき、医療者や家族が患者さまの価値観を理解するには対話が必要であり、対話をスムーズにするにはコミュニケーションが不可欠です。
コミュニケーションの積み重ねで、患者さまの大切にしていた信念や価値観、生き方について考えられ、治療を受けることだけでなく、生ききる意味や希望を見出し、豊かな人生と思えるのではないでしょうか。
私たちはその患者さまの自分探しのお手伝いができる存在でありたいと思います。
文献
1)髙橋 綾:対話を通じ価値観を理解、尊重することと他者をケアすること「緩和ケア」28(2):84-89,2018
【今週の東大阪プロジェクト】
東大阪プロジェクトの活動の一部をご紹介させていただきます
>>ぜひご参加ください<<
【お知らせ・縁起でもない話をしよう会・第24回(参加費無料)】
研修会のご案内です
「興味はあるけどまだ参加したことがない」という方、大歓迎です! ぜひ参加申込みください。
【申し込み】
https://88auto.biz/higashiosaka/registp/entryform26.htm
話題提供:
悲嘆(グリーフ)とそのケアについて[公認心理士 大岡友子さん]
フリートーク:
後半は、話題提供を受けての語り合いの時間。
5名程度のグループとなり、自由に縁起でもない話をしていただけます。
日時:令和5年2月28日(木)19時30分から21時
場所:オンライン(Zoom)
定員:50名程度
参加費:無料
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